【兵庫県・神戸市 2026.8.11】 今日の大阪周辺の最高気温は30度からせいぜい32度、しかも天気は晴れ。これは久しぶりに山登りに行こうかと昨夜までは考えていたのですが、朝起きてみると東日本を通過する台風(すでに熱帯低気圧?)の影響で風が強い。平地でこれだけ強ければ... Read More | Share it now!
息をのむ岩場越えに咳まで止まった白髪岳
【兵庫県・丹波篠山市 2026.5.5】今日登る山は、兵庫県丹波篠山市の西寄りにそびえる白髪岳。この山には20年ほど前に登った記憶があります。上り下りの山道も楽しければ眺望もすばらしく、良い思い出しかないくらいの山なのですが... Read More | Share it now!
安く早くいつも楽しい六甲山、今日は荒地山へ
【兵庫県・芦屋市~神戸市... Read More | Share it now!
白旗城址をめざして白旗山をのぼる
【兵庫県・赤穂郡上郡町 2026.3.9】白旗城は兵庫県西部の岡山県との県境に近い、公共交通機関で行けはするものの大変不便な地にあります。大阪からゆく場合、時間を金で買う余裕のある方なら新幹線を使うのでしょうが、時間を差し出して金を節約する私でしたら大阪からJRの新快速で姫路まで行き、そこで普通電車に乗り換えて上郡駅へ。上郡駅から6kmあるいて登山口へ。あるいは上郡駅で智頭急行線にのりかえて2駅北の河野原円心駅へ、そこから2km歩いてもどり登山口へゆく手もあります。どちらにしても片道3時間半ほどはかかります。 白幡城の歴史について話しておきます。せめてその歴史でも知らないと、日本百名城にも続日本百名城にも選定されていない、しかもそんな不便なところにある城をわざわざ訪ねてゆく気にならないでしょう。築城主は赤松則村(円心)といわれており、これは確かなようです。築城時期は南北朝時代に後醍醐天皇の挙兵に応じるかたちで築城したというもの。あるいは後醍醐天皇から離反した足利尊氏に従い、尊氏がいったんは敗れて九州へ落ちのびるさいに敵軍を押しとどめる盾になるよう築いたとの説があります。どちらにしても赤松氏がこのあたり一帯の守護大名になるまえのことです。 足利尊氏が九州へと逃れたさいに、追撃しようとする新田義貞の軍勢を赤松軍がこの白旗城でくい止めた、それがために時間稼ぎのできた尊氏は態勢をととのえ直して東上し、一気呵成に新田軍を蹴散らし楠木正成を自刃に追い込み、のちに北朝とよばれる自軍を勝利に導いたとされています。さて播州の城に詳しい方はこれを聞いて、あれ???と思われるはずです。ここよりもう少し西いまの相生市に感状山城がありますが、ここにつたわる歴史がなんとこれと酷似しているどころか、まったく同じ。しかも盾になって新田軍をくい止めてくれた赤松則村の功績に感謝して足利尊氏が感状をおくったことから感状山と呼ばれるようになったという逸話まであり、どちらが本物かと問われると、コチラよりもアチラの方がなんだか分がいい。そんなこんなの事情で白旗城には積極的に出向く気持ちになれずにいたのですが、このたび宇喜多直家(秀家の親父)について足跡をたどるため岡山県の備前市、赤磐市、岡山市などを回るべく計画を立てるなかで、姫路でレンタカーを借りれば「ついで」に回れると思いいたった次第なのです。なお先に言ってしまうことになりますが、当の白旗城は歴史の真相は置いといても十分に楽しめる、まして「ついで」に訪れるどころか本命として訪ねても弩級のインパクトをうける城跡でした。 登城がそのまま登山 奥に見える山が白旗山、一番高い峰が櫛端丸跡 白旗山は標高440ⅿの低山ですが、上郡町の公式サイトではその登山について以下のように注意をしています。 ・道が狭くなっている・角のとがった石が散乱している・落ち葉で道が隠れており、すべりやすくなっているさまざまな危険がありますので、注意して登りましょう。 登城(登山)口にあった案内図 はじめの内こそ穏やかな道を歩きますが、 道はしだいに険しくなってきます そのうえ荒れています 城の遺構と思われる石積みを発見 散乱する岩と石... Read More | Share it now!
播磨は低山アルプスの宝庫・今日は加西アルプスを歩く
【兵庫県・加西市 2026.3.1】低山 (ていざん)... Read More | Share it now!
加西市の五百羅漢をたずねてモアイ像に思いはいたる
【兵庫県・加西市 2025.10.25】羅漢像がびっしりならぶ、たとえば五百羅漢を見たいと思い、大阪周辺で探してみました。京都市の石峯寺と兵庫県加西市の羅漢寺がヒット。画像をじっくり見ていると、羅漢寺の羅漢像はどこかで見たような。そうです、なにやらイースター島のモアイ像を想わせる顔立ちのものが多数。気持ちは一気にこちらに傾きました。 羅漢とは阿羅漢のこと、仏教で最高の悟りをえた僧にあたえられる称号のようなものです。称号とはべつに単純にその境地に達した僧のことを「無学」と称します。「学がない」のではなく「すでに学ぶべきことがない」、なんと素晴らしい。ちなみに「無学」に達していない僧は「学ぶべきことがまだまだある」ということで「有学」。 ところで最高の悟りをえて学ぶことがすでにない、といえばそれこそ仏陀ではないかと思うのですが、仏陀は釈迦にのみ与えられる称号で、その弟子たちはみんな阿羅漢。それゆえ五百もの羅漢像がならんでも胡散臭くはないということになります。 酒見寺 部分的に雰囲気をのこした町並みをあるく大阪からだとJR加古川駅で北条鉄道に乗り換え、終点の北条町駅で下車 楼門... Read More | Share it now!
六甲山・杣谷をのぼりシェール槍、谷々を下って谷上へ
【兵庫県・神戸市 2025.9.2】今日の大阪の最高気温は36度と相変わらずの猛暑日予報ですが、神戸はうらやましいことに33度。神戸を主体にすると、北に連なる六甲山系と、南に面する瀬戸内海、さらに南西にある淡路島、それらの位置関係が(神戸の気候にとっては)たいへんよく、風や潮流がバランスよく夏でも市内を冷やしてくれるみたいです。大阪はもちろん、周辺の西宮や明石にくらべても夏の気温はいつも低めです。もっとも神戸に住む知人がいうには、神戸も大阪も暑いのは同じだとのことですが。 それはさておき、六甲山系は東西30kmにわたって連なるため芦屋市、西宮市、宝塚市にも複数の登山口があります。今日は「周辺の市より3度も気温が低い」に惹かれて、神戸市灘区の阪急・六甲駅からスタート、やはり神戸市北区の神戸電鉄・谷上駅をゴールとします。 登山口へ 神戸護国神社にあった案内板より 阪急六甲駅で下車して市街地を西へあるき、神戸護国神社の角をまがって北(山方向)に向かいます。その護国神社に摩耶山登山案内があったのでアップします。(摩耶山も六甲山系の一部です)案内図右下の【現在地】からひたすら北へ、杣谷をのぼり、杣谷峠へ、そこから穂高湖をまわってシェール槍に登頂、シェール道を西に進み、(そこから先は案内図にありませんが)北へまがってマムシ谷、炭ヶ谷をくだって谷上駅へ。 護国神社からまだしばらくは住宅地を歩きます 登山道全体を確認するにはYAMAPなど山のアプリが良いですが、六甲山の登山ルートはたくさんあるので、好みのものを選ぶには「六甲山ビジターセンター」のサイトを見ると参考になるのではないでしょうか。 住宅地を抜けると、この橋に出ます橋をわたって右が登山口 すぐに山道に変わります日陰と土の地面、さらに生活排熱がないのでいきなり体感気温がぐっと下がる 徳川道沿いに杣谷をのぼる 杣谷川の渡渉もあれば、 いかにも六甲山らしい岩盤質の山肌 ずいぶん細いところもあります いま歩いている道は徳川道。江戸時代末期に、いまの神戸市三宮あたりの西国街道路上で、備前藩の武士がフランス人水兵を斬りつける事件が発生。列強国がこの事件にかこつけて強談判してきたため、その武士を切腹させるとともに、今後のトラブルをさけるためなんと毛糖けとうに西国街道を優先使用させ、日本の侍には六甲山中にわざわざ迂回路をつくってこの道を使わせたとか。(毛糖は漢字がちがうので差別用語ではおまへん)徳川幕府がつくったゆえに「徳川道」といま呼ばれているようです。 水流量調整のための堰堤もいくつか越えます ほかにもこの道は「カスケードバレー」と名づけられていますが、カスケードとは「階段状に連続する滝」のことをいうので、この連続する堰堤で階段状の滝ができあがっていることから、きっとそう呼ぶことにしたのでしょう。現実にはその名はまったく定着しておらず、文字で見たことはあっても耳で聞いたことはありません。(ヘンな洋名にするから馴染んでもらえんのとちゃいますか) 木立の隙間から摩耶山がみえる 巨岩がゴロゴロ、まさに六甲山の風景 この石段は江戸時代のものでしょう ここでは短いながら渓流登りを体験 杣谷峠から穂高湖へ ここが杣谷峠、と思います(標識がない)両側の石積は徳川幕府作のはず、かつてはこれくらいの整った道が終始続いていたのでしょう いまの時代の「峠の休憩所」 穂高湖を周回する遊歩道をあるく さてこれから登るシェール槍と、つづいて歩くシェール道ですが、その名の由来は大正時代に神戸に暮らしたドイツ人のシェール氏が六甲登山のさいに好んで歩いた道ゆえシェール道、その道のつづく先の峰ゆえシェール槍と名づけられたとか。なんだかなあ、と思いませんか。大阪の金剛山には千回、二千回はざらで、なんと五千回登攀をやりとげた方までいます。しかしスズキ道とかタナカ峰とか、そのような名称はどこにもありません。 シェール槍、シェール道 高度でいえば、5~10mほどですが、このような岩登りが2ヶ所あります ふり返ると、穂高湖が 初心者でも登れないレベルではない、と思います シェール槍山頂から... Read More | Share it now!
西宮神社境内は、走らず歩いて参詣します
【兵庫県・西宮神社 2025.5.8】きょうは、招福の神であり商売の神様でもある、恵比須さまを祀るえびす宮の総本山、西宮神社に参詣します。そもそも恵比須とはどのような由緒をもつ神様なのか。いわゆる七福神のなかで、唯一日本古来の神様です。(他は大黒天、弁財天、毘沙門天がインド由来、布袋、寿老人、福禄寿が中国由来)日本古来の神様であるなら記紀(古事記と日本書記)に記述があるはずですが、たしかに日本書紀の国生みの話のなかで1つではなく数度にわけて書いてあります。それぞれ表現は違うのですが、すべてを総合すると、「伊弉諾尊いざなぎのみことと伊弉冉尊いざなみのみことが日の神と月の神を産んだあとに生まれたのは蛭子(ひるこ:蛭ひるのように手足のない子、あるいは不自由で3歳になっても脚が立たなかったとも)でした。そのためイザナギ、イザナミは古事記によると「出来がわるい」と葦の船にのせて海へ流してしまいます。なんとも残酷というか可哀そうな話なのですが、この流された蛭子の運命はこれで尽きたわけではありません。ここから先の話は、記紀をはなれます、出典はわかりません... Read More | Share it now!
播磨の桶居山は低山ながらスリルも眺望も楽しめる
【兵庫県・姫路市~高砂市 2025.4.30】兵庫県の南西部を播州あるいは播磨と呼びますが、東は加古川市から高砂市をへて西は姫路市へと播磨アルプスが連なります。この播磨アルプスですが、2~300mの低山ばかりではあるものの、その屹立する山容の美しさにくわえ山肌が岩盤におおわれ、おおいにスリルを味わえる登攀路もあれば、岩肌ゆえに樹林が繁茂しないため遮るものなく常に眺望を楽しめるという贅沢な山歩きを満喫できます。2年ほど前には中間にある百間岩とよばれる馬の背状の岩盤をのぼって鷹ノ巣山から東へ向かい高御位山に登頂、さらに東へと下山道をたどりました。そこで今回は西の登山口からはいって桶居山へと登頂、さらに西へあるいて鷹ノ巣山へ、そこから百間岩をくだってみたいと思います。 桶居山へ 深志野登山口からはまず竹林へ踏み込む タケノコとしては収穫していないみたいこれだけ育ってしまうと、すでに小ぶりの竹でしょう 岩の露出した急坂をのぼる やがて岩盤の急坂にかわる 中央の三角錐が桶居山 随所にクロバイが咲いていました 登ってきた峰をかえり見る 桶居山が近づいてきました 桶居山へ最後のアプローチ 桶居山山頂 鷹ノ巣山へ 低山ゆえ峰々に電柱が立つのは致し方ない 桶居山をふり返るピラミダルという形容がありますが、まさにコレ さらに進んでもう一度振り返ります いったん山脈の内陸側(北面)へ回ります様相もすこし変わりました 山肌が岩そのものなのか樹木がまばら ふたたび海側へ、右のピークが鷹ノ巣山 鷹ノ巣山から東方向を見る... Read More | Share it now!
バレンタインデーに夫婦で竹中大工道具館へ行く
【神戸市・2025.2.14】「ろくでなし」の語の由来をご存じでしょうか?建築用語で「陸屋根ろくやね」とは水平な屋根のこと、「陸墨ろくずみ」は建築現場で水平をしめす墨跡、すなわち陸ろくは「水平や平坦」から「まっすぐ、正しい、完全」などの意味をもちます。「陸ろくでなし」はその陸を否定しているわけですから「役立たず、ゲス」などの意味になります。 神戸市新神戸駅近くにある竹中大工道具館の門前に立つと、「ろくでなし」やら「うだつが上がらない」などの語の由来を問うポスターが迎えてくれます。門を入るといかにも楽しみが待っているであろう期待感がふくらみます。 竹中大工道具館へ フラワーロードを北上し生田川を渡る前方のビル群のかげに、 めざす建物はあります 門から庭、建物へと落ち着いた雰囲気 かんな型の入場券 古代から現代の大工仕事 展示室に入ると、釘も接着剤もまったく使わずに精巧に組み上げた寺社建築の復元物に目がひかれます。 唐招提寺金堂を修築するさい実際に使った型 実際に使われた成形木材を再現 作業の様子は画像でも見られる 唐招提寺・金堂... Read More | Share it now!