街歩き・山歩き,神社・仏閣,奈良

【奈良市内 2022.2.12】今年が13回目の開催で、すっかり古都奈良の冬の恒例イベントとなった「しあわせ回廊 なら瑠璃絵」を見にきました。大阪に住んでいると、奈良も京都もほとんど同じぐらいの時間と交通費で往復できるのですが、実際に遊びに来るのは京都5回に対して奈良1回くらいでしょうか。それほどに奈良は地味です。というか宣伝があまりに下手です。 興福寺 興福寺から見た夕焼け 興福寺・南円堂 興福寺は法相宗の総本山で、藤原氏(藤原鎌足とか不比等とか)の氏寺です。いまも大きいですが、かつては広大な領域を占めていたようです。 五重の塔 東金堂 興福寺の歴史に興味があるならhttps://www.kohfukuji.com/about/history/ 奈良国立博物館(旧館) 奈良公園内をあるき、奈良国立博物館のまえを通って東大寺へとむかいます。 東大寺・南大門 東大寺は華厳宗の大本山ですが、そもそもは聖武天皇が日本全国に建てる国分寺・国分尼寺の中心としての位置づけで建立しました。それゆえ天下泰平、万民豊楽を祈願したものです。 なお地震などの天災にも見舞われますが、なんといっても最大の災難は、1567年松永久秀と三好三人衆の戦いの場となり。正倉院などをわずかに残して大半が燃えて失せてしまいます。 南大門金剛力士像・阿形 吽形 南大門金剛力士像については、阿形を運慶がつくり、吽形を快慶がつくったとする説や、阿形を運慶と快慶(ふたりは兄弟弟子)でつくり、吽形を湛慶(じんけい:運慶の息子)と定覚(じょうかく:運慶の弟)でつくったとの説もあります。 仏師・運慶と快慶の関係https://manareki.com/unkeikaikei 鏡池と、後方に緑いろに写っているのが大仏殿(金堂)です。 八角灯篭と大仏殿 大仏殿... Read More | Share it now!

神社・仏閣,兵庫

【兵庫県・姫路市 2022.1.16】圓教寺は天台宗の別格本山(宗派内でとくべつな位置づけをされた寺)です。しかしハリウッド映画「ラストサムライ」や大河ドラマ「黒田官兵衛」など多数の映画、テレビドラマの撮影に使われたという方が興味をひくかもしれません。境内は、仁王門周辺の東谷、摩尼殿周辺の中谷、本堂などがある西谷に区分されます。 東谷 仁王門 東坂登山口から1時間で仁王門に着きました。これより先は圓教寺境内であることを意味しています。本来ならば誰もが門をくぐって気持ちをあらためるものですが、すぐ横に車の通れる道があり門をくくらずに入ってしまう人がいるのは、「どうなってんだ」というところです。 すごい老木がありました。葉が茂っているのでまだまだ現役です。 中谷 摩尼殿 摩尼殿は観音堂のこと。マニは梵語で「如意」のこと。如意とは自分の思いのままにすることを言います。 摩尼殿の柱の落書きhttps://shimirubon.jp/columns/1674573 摩尼殿は清水寺とおなじ舞台づくりです 摩尼殿 西谷 ➀大講堂から食堂 ②食堂から常行堂 ③食堂から大講堂をふり返る 大講堂を背に常行堂と食堂をみる 通称「三之堂」をぐるっと回ると、このような景色になります。 大講堂 大講堂は2層の1階、屋根は入母屋造りです。 社寺の屋根のかたちhttps://nara-atlas.com/naraarch-glossary/roof-style/ 大講堂の本尊・釈迦如来像 本多家の廟・墓 圓教寺はもとは2万6千石をほこる大寺院でしたが、秀吉が播磨を統治したことからわずか500石に減封されます。その間に寂れてしまうのですが、江戸時代になり徳川家の四天王・本多忠勝(平八郎)の長男・忠政が姫路を収めることになり、そのとき荒れはてた圓教寺の復興につとめたということです。 鐘楼 鐘楼はすこしはなれた場所にありました。 弁慶の伝説ものこる圓教寺https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24322980W7A201C1AA2P00/#:~:text= 秀吉の本陣跡 秀吉が播磨を平定するにあたって、軍師・黒田官兵衛のすすめでここ書写山に本陣をうつします。その現場へ行ってみたいと思います。標識などまったくありませんが、大講堂の右側にある坂を道なりに歩いて行くと15分ほどでたどり着きます。 秀吉の本陣跡 右の壁は残念ながら秀吉時代の遺構ではありません。貯水槽です。 秀吉の本陣跡行き方https://shimirubon.jp/columns/1673791 秀吉と官兵衛のみた風景 ここに陣取り、どこからどのような狼煙(のろし)が上がるかを見守っていたようです。 【アクセス】東坂登山口から1時間ほどで仁王門につきます。境内はずいぶん広いので、ざっと回るだけでも2時間は要します。【拝観料】500円【満足度】★★★★☆ ... Read More | Share it now!

神社・仏閣,滋賀

【滋賀県・大津市坂本 2022.1.9】滋賀県大津市にある西教寺は、延暦寺(天台宗総本山)、三井寺(天台寺門宗)とならぶ天台真盛宗の総本山で、400以上の末寺を有します。起源はふるく聖徳太子がみずからの師のために建立したとも伝えられています。(真偽は不明)確かなのは、室町時代に比叡山で学んだ僧・真盛が入ってから隆盛したようです。この西教寺は明智光秀の菩提寺でもあります。それでは西教寺を訪ねてみます。 西教寺 西教寺・総門 西教寺の総門は、明智光秀の居城であった坂本城の城門を移築したものだそうです。総門から先へつづく参道がいい雰囲気です。明智光秀と西教寺https://shigatoco.com/toco/saikyoji/ 勅使門から宗祖大師殿 勅使門 総門から参道をあるいて突き当りにあるのが勅使門です。勅使門とは、そもそもは天皇や天皇から派遣された勅使を迎えるときにだけ開かれた門です。ですから今はかたく閉ざされています。 宗祖大師殿・唐門 宗祖大師殿 宗祖大師殿は、西教寺にとっては中興の祖ともいえる真盛上人を祀っています。 本堂・客殿 本堂と手水舎 本堂を横から見る... Read More | Share it now!

神社・仏閣,京都

【京都市・右京区 2022.1.2】京都市・嵐山の北にそびえる愛宕山。その山頂に鎮座する愛宕神社へ向かいます。 愛宕神社へ 明智越えから明神峠を経ての登山道は、なんとまあ、こんな雪道になりました。 JR亀岡駅から歩きはじめて4時間、愛宕山山頂(正確には山頂ではないので、ほぼ山頂)の愛宕神社に到着しました。 山門へ まずはこの階段のぼりからはじめます。亀岡駅からずっと雪のつもった山道を上がってきたのでいい加減脚が疲れており、正直なところこの階段はきつい。 上り下りする人の姿もチラホラ 横写しの写真よりも縦の写真の方が、きつさが伝わってくるかと思います。 山門に到着しました 愛宕神社・山門 なぜ神社なのに山門があるかというと、神仏習合の時代には愛宕権現を祀る「白雲寺」として存在していました。 社殿・本殿 愛宕神社・社殿 ここ京都愛宕山の愛宕神社は、全国に約900ある愛宕神社の総本社ですが、山頂という場所ゆえか意外に小さいんです。 火の神をまつる京都の霊山https://thegate12.com/jp/article/367 愛宕神社・本殿 愛宕神社・若宮 ここ愛宕神社は日本の神々の先祖にあたる、イザナミノミコト(伊弉冉尊)ほか五祭神を祀っていますが、若宮に火の神であるカグツチノミコト(加具土命)を祀っていることから火除けのご利益で親しまれています。また勝軍地蔵菩薩が本殿に祀られていることからむかし戦国武将が戦勝祈願に訪れたそうです。明智光秀も本能寺の変のまえにここを訪れ、連歌の会を催し、みずから「ときは今 あめの下しる 五月かな」と事変を予兆させるかのような発句を詠んだのは有名な史実です。 明智光秀と愛宕神社https://www.kameokacci.or.jp/akechikamemaru/mitsuhide/mitsuhide1.html 愛宕百韻で、光秀は本能寺の変を予告したのかhttps://news.yahoo.co.jp/byline/watanabedaimon/20210210-00221808 参道を下る 社殿から山門を見下ろす この階段は雪がおおかた凍っていて、とにかく滑りやすくて危険でした。 参道 雪をかぶった石灯篭がかわいい 間もなく日が暮れそうなので、この雪をかぶった階段道を駆け下りました。 【アクセス】明智越えルートを通ると、JR亀岡駅から徒歩約4~5時間【拝観料】必要なし【満足度】★★★☆☆ ... Read More | Share it now!