コスモス咲く般若寺で、般若心経とはなにかを考える

【奈良市 2024.10.30】
東大寺の転害門からかつての京街道を北へ10分もあるくと般若寺があります。
般若寺はコスモス寺として有名で例年なら10月末までが見頃なのですが、今年は夏から秋にかけて異常な高温がつづいたため今頃になって見頃を迎えたとWEBサイトで紹介されていました。
夏にぎっくり腰を患い、さらに数日前にも腰を痛めて難儀していたのですが、近鉄奈良駅から歩いても2km強、この程度であればリハビリがてら歩くのも良かろうと判断し出かけてみることにしました。

般若寺は高句麗から渡来した法師が創建し、聖武天皇が平城京の鬼門(北東)を護るため伽藍をたて大般若経の経典をおさめたことが起源と伝わっています。
往時には千人の学僧が修行をしていたといいます。修行といっても荒行苦行の類ではありません。
般若経でいう般若とは「智慧」のことであり、ここでいう智慧とは「真理を見きわめる力」を意味します。経典を読み、もっぱら学問をしていたものと想像できます。
その経典ですが、いうまでもなく般若経の教えをコンパクトにまとめた般若心経がつかわれていたことでしょう。

般若寺

楼門は鎌倉時代に再建された重要文化財

さてその般若心経、わずか260文字のおそらく世界一短い経典でしょうが、その260文字をそのまま読むだけで理解できる人がいるのでしょうか。
凡夫の私などは260文字を理解するために260頁以上ある解説書を2度読みましたが、それでも「わかったようなわからないような」レベルです。

塀沿いに入口にむかう / 十三重石宝塔が美しい

もっとも有名な箇所「色即是空 空即是色
まずココが一番わかりにくいのですが、「この世の中の形あるものは実体がない、実体のないものは形あるものと異ならない」という意味になります。
言い換えると「形あるものは概念としてあるだけで実体がない、そうれゆえ実体のないものも概念としては形あるものとして存在する」ということのようです。

ココは我々が生きる世界が「空」であることを強調していると考えておきましょう。


是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減」は、
「このようにすべては実体がないのだから、生まれることも死ぬこともなく、汚れているとか清らかということもなく、増えることも減ることもない」
無色 無受想行識 無限耳鼻舌身意 無色声香味触法」は、
「このように実体はないということを認識してみれば、眼・耳・鼻・舌・身体・心も存在しない。またこれら感覚の対象となる形・音・香・味・触感も、そして心の思いも存在しない」
無眼界 乃至無意識界」は、
「目に見える世界も心の世界もない」
及至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無知亦無得」は、
「老いや死もなければ、老いや死がなくなることもない。苦しむこともなければ、苦しみをなくす方法もない。知ることもなければ、(修行して悟りを)得ることもない」

そのあとにつづくのは、
「知ることも得るものもないからこそ菩薩は般若波羅蜜多(完成された智慧)を拠りどころとしており、それゆえ心に妨げがない。心に妨げがないからこそ恐れがなく、誤った妄想に悩まされることなく悟りの境地を究められる。
それゆえ知るべきである、般若波羅蜜多こそは真実の言葉であり、最上の真言であり、完成された智慧である」
そして最後に般若波羅蜜多に導かれるための言葉(呪文ともいえるもの)が書かれています。
羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶(ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか)
「往きなさい、往きなさい、彼岸に往きなさい、彼岸に往ったもの、それこそ悟りです、幸あれ」

般若心経の大半部分はなにやら超難解な「空」の説明をしており、人が生きる世界だけでなく人そのものも「空」であると言葉をつくして説いています。
ともかくココを押さえておきましょう。

コスモス寺

本堂
本堂横

般若心経をよむと、その教えが釈迦(ブッダ)の教えとはずいぶん違うことがわかります。しかし釈迦の教えが透かし絵のように見えるのも確かです。

釈迦は人が病むこと、貧しさにあえぐこと、挫折すること、老いること、死ぬこと、それら多くの苦につねに直面しながら生きていることに疑問をおぼえ、どうすれば苦がなくなるのかを考えます。
苦行と瞑想の日々をへてたどり着いたのは、「生きることは苦である」ということ、なぜ生きることが苦であるかといえば、人は常にみずからの欲望や妄執にとらわれている、すなわち苦の因は煩悩であり、煩悩とともに生きているからこそ苦しみから逃れられないと悟ります。
そして煩悩を消滅させるならば苦はなくなると説きます。

煩悩を滅するための実践徳目として、八正道(はっしょうどう)があります。
正見(正しい見解)、正思惟(正しい決意)、正語(正しい言葉)、正業(正しい行為)、正命(正しい生活)正精進(正しい努力)、正念(正しい思念)、正定(正しい瞑想)
そしてこれらを実践することで人は煩悩の消えた安らぎ、すなわち悟りの境地に至るとされています。涅槃(ねはん)とは本来この悟りの境地のことをいいます。

コスモス寺のコスモス造作

わざとらしさが鼻につきますか?

寺を訪れると、スケルトンのケースに色つきのガラス球を入れてコスモスの花を浮かせるといった、わざとらしさが鼻についてうんざりするような造作もありました。
写真には撮っていません。

八正道の実践は釈迦本人が説いたとされています。
いかにも立派な教義ではあるのですが、これを実践するためには「世俗をはなれ出家すること」が前提となります。涅槃にいたるためには毎日24時間この八正道の実践に専念せねばならず、仕事にさえもたずさわる余裕はありません。
たとえば食事は托鉢のみ。食材をあつめたり料理をするといった時間の問題だけでなく食べる行為を極限まで簡素化し食べる欲求を滅してゆく意味もあります。

出家したものでなければ八正道の実践を完全にはおこなえないのであれば、出家したものでなければ涅槃にいたることはできないということになります。
これはおかしい、なんと門戸がせまいのかと批判する人たちがあらわれます。
彼らからすると出家したものしか涅槃にいたれないのであれば、少数限定の人たちだけを救う小さな乗り物のようなもので、蔑視して「小乗仏教」と呼ぶようになります。そして自分たちのことは門戸をひろげ多くの人を救う大きな乗り物として「大乗仏教」と称します。
※「小乗仏教」はあきらかに差別語なので、いまでは「上座部仏教」と呼ばれています。

コスモス咲く般若寺の実態

般若寺境内ほぼ全景

なんとか絵になる写真をとるべく頑張ってみたのですが、これだけの敷地(境内)ですからやりようがありませんでした。
700円の拝観料は高い!というか無料でももっと見ごたえあるコスモスの風景はたくさんあります。

大乗仏教においては、上座部仏教の八正道に相当するものとして六波羅蜜があります。

布施波羅蜜(財施=喜捨をする、法施=真理を教える、無畏施=恐怖を除き安心を与える)
持戒波羅蜜(戒律をまもる、厳格に自己管理する)
忍辱波羅蜜(苦難に耐え忍ぶ、怒りを捨てる)
精進波羅蜜(たゆまず仏道に精進する、つねに努力する)
禅定波羅蜜(瞑想により精神を統一して安定させる)
智慧波羅蜜(真理を見きわめ智慧をえて悟りにいたる)

大乗仏教のなかでこの六波羅蜜について最初に体系的にまとめて経典に記したのが般若経です。
そして般若経においては智慧波羅蜜のところで般若心経が教本としてつかわれます。
ここで般若心経の教えを思い出してください。
大乗仏教は結果的に出家しないものは涅槃にいたれない(救われない)釈迦の教えを敬遠して上座部仏教から分離しました。そうである以上は、出家しなくても在家のまま誰でも涅槃にいたれることを必須条件としなければいけません。

繰り返しになりますが、釈迦の教えの肝となるのは、煩悩を滅して「空」の境域にいたればそれが涅槃すなわち悟りの境地にいたったことになるのであり、難点は出家することが前提条件になってしまっていることでした。
そこで般若心経では、人が住む世界も人そのものも本来が「空」なのだと言葉をつくして説きます。すなわち「空」であることを理解さえすれば「空」の境域にすでに居るということで、「空」の境域にいたるための長くきびしい修行は必要ないと言っていることになります。
そのあとは「ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい – – -」と唱えれば涅槃にいたれるのですから、たしかに門戸はひろがりハードルは低くなり、結果として多くの人を救えます。

この般若心経の教えについては、釈迦の教えあるいは上座部仏教の教えを否定しているものだとの解釈もあるようですが、否定と言いきるほどに断固としたものではないように思います。
多くの人を救う大乗仏教とは言いかえれば、より多くの信者をあつめる宗教ともいえます。
より多くの信者をあつめ(結果としてより多くの人を救う)ためには、誰もが取っ付きやすいものにするよう釈迦の教えであれ上座部仏教の教えであれ、上手に手を加える必要があったということでしょう。

奈良豆比古神社

般若寺があまりに物足りなかったので、北へ徒歩10分ほどの奈良豆比古神社を訪ねてみました。
社殿もよかったですが、社殿奥にひろがる小さな森レベルの神域には感動しました。
神社ですから拝観料は無料です。

一の鳥居から
重要無形文化財にも指定されている翁舞が
奉納されることから拝殿は独特の造りになっている
本殿
森閑とした境内奥
樹齢1000年以上の楠の巨木

【アクセス】近鉄奈良駅~般若寺~奈良豆比古神社~近鉄奈良駅 11000歩
【拝観料】般若寺:700円
【満足度】★★★☆☆