白兎神社を訪ねて・大黒様と大黒天と大国主命の関係
【鳥取市 / 2025.2.25】
七福神はご存知かと思います。
由来は各々ちがいます。
毘沙門天、弁財天、大黒天がインド由来であるのにたいして、福禄寿、寿老人は中国の道教由来、布袋は中国に実存した仏僧がモデルになっています。そして恵比寿(ゑびす)だけは仮名で書くことからもわかるように日本古来の福神です。
さて大黒天ですが、インドの神話に登場する神マハーカーラがそもそものモデルです。マハーが「偉大」、カーラが「暗黒」を意味することから当初は黒い身体に憤怒の形相の恐ろしい姿で描かれていましたが、日本の神話に出てくる大国主命と合体することで柔和な姿に変わってきます。
さらに大国主命は古事記にも書かれていることですが、民間信仰の中では、♪大きな袋を肩に下げ大黒様が来かかると、ここに因幡の白兎、皮をむかれて赤裸 大黒様は哀れがり♪と歌われるように優しい神様として信仰されているため、いつの時代からか大黒天は大きな袋を肩にさげた優しく福々しい姿で描かれるようになります。
白兎海岸

中央にみえる小島が淤岐ノ島(沖の島)です。
ウサギはこの小島から陸へ戻るために海のサメをだましてお前たち一族の数をかぞえてあげようと一列に並ばせその背中を飛び跳ねながら陸へ向かいます。
※ここに出てくるサメについてはワニと記述されているものもありますが、山陰地方では古くにはサメのことをワニ(和邇)とよんでいたため、誤解が生じたのではないかとの説が有力です。

ウサギが陸にたどり着く直前に、自分たちが騙されて利用されたことを知って怒ったサメはウサギの皮を剥いてしまいます。
さらに大黒様に先行する性格のよろしくない兄弟神たちが赤裸のウサギを見かけておもしろがり、海にはいって塩水につかり風にあたれば良くなるとウソを教えたため、そのとおりにやってみたウサギはいっそう痛みに苦しむことになります。
※伝承では大国様は多くの兄弟の中でのいじめられっ子で、肩に下げた大きな袋ももとは兄弟たちの荷物をすべてひとりで背負わされていたとされています。
白兎神社




(アニメチックでやりすぎの感で白ける)
ところで古事記には「白兎」ではなく「素兎」と書かれています。赤裸の「素兎」をそのままではあまりにも可哀そうなので、いつの時代からか可愛く「白兎」と変えたのではないでしょうか。
拝殿、本殿



本殿の床下にある礎石は、「菊座石」と呼ばれており、石の上辺に花弁を刻むことで菊の紋章を彫っているということで、この神社建立に皇室が関係していたのではないかと説明板にありました。
しかし – – – 花弁が刻まれている位置を確認すると、あらかじめではなく礎石として設置したあとからこの花弁を刻むことは十分可能です。要するに後年花弁をきざんで菊の紋章に見せたのかもしれず、それほど真剣に考証すべきなのかは疑問です。

鳥取駅前にたつ像にしても、ウサギは赤裸ではないしなぜか子ウサギまでいます。
いまや鳥取においては大黒様よりも白兎の方が主役になっている感があり、ましてや大黒天の影はかぎりなく薄く、大国主命にいたっては大黒様=大国主命であることさえほとんど知られていないでしょう。
白兎はたしかに可愛いですからそれをマスコット化して観光客誘致につなげるのは邪道ではありませんが、古事記を読むレベルで日本の歴史に関心を持っている方が訪ねるのであれば、白兎神社は腰砕けになるほど物足りないと思います。
【アクセス】JR末恒駅から徒歩30分
【満足度】★★★☆☆