街歩き・山歩き,城郭・史跡,花、紅葉見ごろ,滋賀

【滋賀県・彦根市 2023.4.1】今年は桜の開花が早いだけでなく、開花してから満開になるまでの期間が異例の早さで、この一週間ほどの間に関西の大半の桜スポットが満開を迎えています。満開になってからの見頃はせいぜい1週間なので、どこをどのタイミングで訪ねるか計画するのに焦ってしまいます。今後の天気も含めて考えると、いまのタイミングで、今年の大本命と想定していた彦根城を訪ねるべきと判断しました。 彦根城へ 彦根駅2階より... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,神社・仏閣,花、紅葉見ごろ,京都

【京都市・右京区 2023.3.28】桜の見頃にかんして、関西では京都市内がもっとも早く満開情報が伝えられます。桜の品種が違うのかどうか、ともかく満開が早いということは散り始めるのも早いということで、先週半ばに満開が伝えられた嵐山はそろそろ散り始めたとのこと。桜大好きで毎年あちこち桜の名所を訪ねているにもかかわらず、関西屈指の観桜スポットである嵐山は人出が多いのを敬遠して、この時期に訪れたことがありません。今年はひとつ意を決して、人で満杯の嵐山ではなく桜が満開の嵐山をめざして、いざ出発。 渡月橋 阪急嵐山駅から渡月橋へ... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,山登り,神社・仏閣,花、紅葉見ごろ,奈良

【奈良県・天理市~桜井市 2023.3.27】奈良県にある「花の寺」とも呼ばれる長谷寺で、桜が満開とのこと。桜大好き人間としては早速訪れてみようと企画をはじめました。長谷寺探訪だけでは物足りないので、天理市の昨秋歩いた「山の辺の道」の途上にある長岳寺横から入山し、真東に上って龍王山に登頂、そこから南東にくだって長谷寺を訪ねるルートを組んでみました。 龍王山へ 黒塚古墳から満開の桜と龍王山を眺める 崇神天皇陵... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,神社・仏閣,花、紅葉見ごろ,京都

【京都市・東山区~中京区 2023.3.25】待ちに待った桜の季節がやってきました。ところが毎年のことですが、桜が満開となると天気が不安定になる。関西では京都市内がもっとも早く桜が見ごろを迎えるのですが、東山界隈では満開になったとネットで確認しているものの、このところずっと空はぐずつき模様。今日はなんとか降らずにもちそうですが、明日は本降りとのことなので、万一にもその雨で桜が散ってはと心配になり、それこそ慌てて出かけることにしました。 八坂神社 四条通を東へすすむと、西楼門が見えてきます 京都観光のランドマークにもなっている西楼門 本殿と舞殿(手前) 舞殿は神前結婚の式の準備中でした 本殿の屋根が拝殿を覆う 八坂神社は本殿の屋根庇が前にのびて、拝殿もすっぽり覆ってしまう独特の構造をしています。 ところでこの八坂神社は素戔嗚尊(スサノオノミコト)を祭神として祀っていますが、インドの祇園精舎の守護神である牛頭天王(ゴズテンノウ)と同一視されたことから、祇園寺と呼ばれていました。八坂神社と呼ばれるようになったのは、明治維新のさいに神仏分離令がだされ、単体の神社になってからのことです。いまは全国に約3000社ある八坂神社の総本社です。 南楼門(内からみています) 摂社、末社がならぶ東側... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,城郭・史跡,岡山

【岡山県・倉敷市 2023.3.20】まずは私事。高齢の母が地元の倉敷に残っているのですが、10年ほど前から介護が必要となり、親切で良い施設があるのでそれ以来ずっとお世話になっていますところが3年前の新型コロナの流行以来いっさい面会禁止。昨年秋にわずか15分間の制限付きで可能となったものの、月イチで2回合計30分顔を合わせただけで、打ち切りとなりました。それでも今月15日からふたたび可能になったので、しかも病院での診察に付き添うのであれば制限時間なしというボーナス付きのため、今日は朝から倉敷(瀬戸内海沿いの児島という土地)に向かいます。 さて午後2時に施設に母を連れてかえり、すこし時間があるので、以前から気になっていた児島にある下津井城址を訪ねてみることにします。この下津井城ですが、築城したのは宇喜多秀家。その後秀家は関ヶ原の合戦で豊臣方について敗北したため、八丈島へ配流となります。以後は小早川秀秋の短い治世の時を経て、池田家が岡山城を主城として岡山藩主をつとめながら、親戚筋や重臣に城代をつとめさせます。1632年に因幡鳥取藩主であり同じ池田家の血筋をひく池田光政が岡山藩に移封されたのにともない、その家臣であった池田由成がこの下津井城の城代となります。ところでこの池田由成ですが、娘の熊子が赤穂家の重臣・大石家に嫁ぎ、そこで後に大石内蔵助(おおいしくらのすけ)として知られる大石良雄を生んでいます。 赤穂井戸 赤穂井戸... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,神社・仏閣,京都

【京都市・東山区~山科区 2023.3.3】京阪電車・七条駅から東山へ、三十三間堂と国立博物館の間を抜けたところに智積院(ちしゃくいん)はあります。智積院は僧・覚鑁(かくばん)が高野山から分かれて創建した根来寺の塔頭寺院でしたが、根来寺が秀吉による根来衆攻めで焼失したため、のちに当時の住職・玄侑(げんゆう)が秀吉の死後すぐに家康の援助をえて京都において再興したものです。さらに時をへて隣接してあった、豊臣家ゆかりの祥雲寺を吸収合併するようなかたちでひとつになり、ひときわ規模の大きな寺院になります。さて豊臣秀吉の後継者として大阪冬夏の陣で歴史に登場する秀頼より前に、秀吉には跡取りとなるはずであった長男がいました。幼名を鶴丸といい、やはり淀君との間にできた男子ですが、この子は3歳にして亡くなってしまいます。祥雲寺はその鶴丸を弔うために秀吉が悲嘆のうちにつくらせた菩提寺でした。そのため今の智積院は、真言宗寺院であり鶴丸の菩提寺でもあるふたつの顔を持っています。 智積院 金堂 金堂 白梅 紅梅 紅白梅 ちょくちょく見かける、同じ木に赤と白の梅が混ざって咲く紅白梅(源平梅ともいう)ですが、これは本来は紅梅であったはずのものが、紅くなる色素が不足して白く咲いてしまうためだそうです。 なお智積院の梅は、満開には1~2週間早かったようです。 智積院と加藤清正 扉の上部・緑地に金の桔梗紋 智積院の随所には「桔梗紋」が見られます。桔梗紋といえば、明智光秀の家紋として知られていますが、これは明智家独自のものではなく、美濃・土岐氏の由緒ある家紋です。それゆえ土岐氏につながる武将はそれぞれにこの桔梗紋をつかっており、ここでは意外なことに加藤清正が関係してきます。徳川家康の援助でこの智積院が再興されたことは先に書きましたが、そのさい家康は清正に寺の普請を命じます。清正も土岐氏の系譜だったようで、清正といえば「蛇の目」の家紋が有名ですが、そちらは軍事のさいにつかい、家屋敷にはこの桔梗紋を使っていますそのような歴史があって智積院の寺紋が桔梗紋になったようです。 元祥雲寺・客殿の庭 客殿の障壁画(レプリカ) 往時はこの壁面を長谷川等伯の「楓図」と、その息子・久蔵の「桜図」が飾っていました。いまは境内にある宝物館に移して大切に保管されていますが、残念なことに4月まで宝物館改築(新築?)のため休館中でした。 法住寺 山門 境内 ここにも梅が咲いていた 法住寺は「身代わり不動明王像」で有名です。その名のとおり不動明王が身代わりになって災厄から護ってくれるというもので、公家や武家もこぞって崇めてきました。その中でも有名なのは、忠臣蔵でしられる大石内蔵助が吉良邸討入をまえにたびたび参拝し大願成熟させたとのことで、いまはその忠臣蔵四十七士の木像が安置されています。 それではこれで東山を離れ、さらに東へあるいて山科へ向かいます。 山科・大石神社 山科への近道は、走る車も少ない坂道を上がり、 峠を越えると1時間ほどで着きます/... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,神社・仏閣,花、紅葉見ごろ,和歌山

【和歌山市 2023.2.27】菅原道真を祀るのが全国に12000もあるといわれる天満宮と天神社ですが、そのなかで三大天満宮(天神社)となると、京都の北野天満宮と福岡の太宰府天満宮を別格として、のこる一枠をいくつかの宮社が、われこそはと自称自薦しています。和歌山市にある和歌浦天満宮もそのひとつで、自称する理由は、菅原道真が太宰府に左遷されて赴くさいに、途中で暴風をさけるため当地に船を停め、ここで和歌の浦をながめながら歌を詠んだからということです。なにやら貧弱な理由ですが、そもそも三大天満宮であるかないかよりも、その和歌浦天満宮に植えられた梅が見ごろを迎えているとのことなので、その梅をを見るために訪ねてみることにしました。 和歌浦天満宮 全景 見事な枝垂れ梅 楼門へ向かって石段をのぼる 楼門から見下ろす... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,兵庫

【兵庫県・神戸市 2023.2.22】兵庫県の南東部、神戸市須磨区から宝塚市まで六甲山系の峰々をつたい歩く、六甲全山縦走路があります。昨年12月には、東端の宝塚駅から六甲山最高部にちかい一軒茶屋をへて有馬温泉にくだるルートを歩きました。今回は逆に西端の須磨浦公園から出発して、東へ向かって歩いてみたいと思います。 六甲全山縦走路のマップはネットでもいろいろ見れますが、下の... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,神社・仏閣,城郭・史跡,東京

【東京都・千代田区他 2023.2.18】昨秋会社をしめる際に、外出を控える世間の空気もあり直接会って挨拶することなく付合いが絶えてしまった得意先や同業者の方々がいました。そこで、かつて自分も出展していた大規模な展示会がいま東京で行われているので、そこへ行けば幾人かとは確実に会えると考え、3年ぶりに東京へ行くことになりました。仕事の続きみたいなものですが、すでに会社がないので交通費を経費で落とすわけにもいかず、それならば一泊して、いま興味を持っている忠臣蔵に関係した地を回ってみるのはどうか。ということで、かつて使っていた東品川、大崎あたりのホテルは高いので(ネットで調べると、なぜかコロナ前よりも3割程度上がっていました)、両国に安いビジネスホテルを見つけて、そこからスタートすることにしました。 吉良邸跡 吉良邸跡... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,神社・仏閣,奈良

【奈良県・橿原市 2023.2.11】天照大神を先祖にもつ神日本磐余彦尊(かんやまといわれひこのみこと)は45歳のときに日向の国を発ち、途中吉備の国に3年ほど滞在して軍容をととのえ、ここから本格的に東征を開始します。難波、熊野と回って大和に入り、数々の戦いをへてついに大和の国を平定。そして畝傍山(うねびやま)の麓、橿原宮にて初代天皇に即位します。これがのちの神武天皇です。なおこの年が西暦では紀元前660年ですが、日本において神武天皇即位を基準にした紀元ではこの時が元年となり、西暦2023年の今年は皇紀2683年にあたります。神武天皇については、即位したのが50歳(51歳?)のとき、そして76年間在位したとのことなので亡くなったのは126歳(127歳?)ということになり、伝説の域をでません。しかし古事記にはじまる神々の伝説が、日本書紀にかわって天皇の系譜をつたえるようになり、ちょうど日本の歴史が「言い伝え」から「史実」に移行するあたりに位置するため、神武天皇こそが最初の天皇と考えられるようになったのではないでしょか。史実として確かなことは、平安時代には同地に神武天皇の陵墓があったと記録されています。そして明治23年(1890年)に神武天皇と皇后を主祭神として橿原神宮が建立されます。神社の社格としては勅祭社になります。勅祭社とは例祭のときに天皇からの勅使(天皇の代理ですが、天皇に等しいものと位置づけられます)が派遣される、全国に現在16社しかない別格の神社のことです。そして神武天皇が即位したのは旧暦の1月1日、これは新暦の2月11日にあたるため、今日が橿原神宮の例祭の日であり、この例祭は紀元祭と呼ばれています。建国記念日に、紀元祭をおこなう橿原神宮に参詣してみます。 橿原神宮・表参道から西参道 橿原神宮前 予想どおり右翼の関係者がどっと参集していました。しかし街中でみる大音量の街宣はもちろんなく、低音量で君が代を流しながら静かに車列が流れてゆきます。自分自身が45度くらい右寄りなので、こういった静かな活動であれば、なんら抵抗はありません。 第一鳥居 神橋から第二鳥居 表参道から入りましたが、さきに西参道へ抜けてみます 西参道は深田池にそって続きます 途中に長山稲荷社があります 神饌田... Read More | Share it now!