街歩き・山歩き,花、紅葉見ごろ,京都

【京都府・八幡市~京都市伏見区 2022.3.12】石清水八幡宮のあとは、木津川をのぼって流れ橋を訪ね、そこから北へとあるいて京都市伏見区にある城南宮にしだれ梅を見にゆきます。 安居橋 安居橋 石清水八幡宮(男山)の裏参道を下ってくると、この安居橋(あんごばし)の手前に出てきました。この位置からみると歴史を感じさせる橋なのですが、階段をおりて川床から見上げると、橋脚はコンクリート製、橋自体も鉄骨で骨組みをつくりその上に板を貼り付けた代物でした。 安居橋を取り入れたマンホール 流れ橋 流れ橋と茶畑 石清水八幡宮から4,5kmほど歩いた先にある「流れ橋」に到着しました。 流れ橋 流れ橋はさきほどの安居橋とはちがい完全な木製の橋で、時代劇の撮影などにもしばしば使われているそうです。 流れ橋には手摺、柵はありません 何故かというと、川が氾濫すると橋板が流され、このロープで川面を漂い、水量が減ると引っ張りあげて元に戻す仕組みだからです。 対岸の茶畑 ここから城南宮にむかって10kmほど北へと歩きます。 久御山ジャンクション... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,神社・仏閣,京都

【京都・大山崎町~八幡市 2022.3.12】今年正月に天王山に登りましたが、見逃したものがあるので大山崎を再訪し、そこから桂川、宇治川、木津川をわたって石清水八幡宮に参詣します。 離宮八幡宮 大山崎・離宮八幡宮... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,神社・仏閣,京都

【京都市内 2022.3.5】今年で20回目をむかえる東山花灯路ですが、哀しいことに今年が最後となるそうです。理由はなんだかんだといってますが、要は財政難ということのようです。ちょっと信じがたい話ですが、このままゆくと京都市は10年以内に財政破綻する可能性が大だとか。なぜそんなことになったのか。https://www.yomiuri.co.jp/politics/20210526-OYT1T50096/ そんなこんなで、もう来年からは見られなくなるそうなので、自分にとってはこれが通算3回目になる、最後の東山花灯路を見にきました。 東山花灯路 一般の公園にも美しい電飾 花灯路の名のとおり灯路を歩きます 青蓮院門跡 青蓮院門跡外観 青蓮院門跡につきました。 庭園 宸殿(しんでん)と前庭 この竹林のライトアップは見事でした 青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)は比叡山延暦寺・東塔にあった青蓮坊を起源としています。すなわちここは天台宗の由緒ある門跡寺院です。 門跡寺院とは、皇族や摂関家(公家のなかでも関白や摂政をだす名門)の子弟が門主をつとめた歴史のある格式高い寺院をそう呼びます。この青蓮院の場合は、鳥羽上皇が皇子をあずけたそうです。ところで上の写真の「宸殿(しんでん)」とは、宮殿にちかい意味をもち、門跡寺院特有のものです。寺領内でもっとも大きな建物としてつくられ、主要な法要はすべてここでおこないます。 円山公園 知恩院のまえに飾られたアート 円山公園内を飾るアート 円山公園 花灯路を歩く 左に見えるのは大雲院の祇園閣 右は大雲院 二年坂 二年坂からのぞいた小路 二年坂、そのいわれはhttps://thegate12.com/jp/spot/2691 八坂の塔 八坂の塔... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,神社・仏閣,滋賀

【滋賀県・近江八幡市 2022.2.26】近江八幡は豊臣秀吉の甥にあたる秀次が居城を構えることで城下町として発展してゆきますが、入城した当時の秀次は若干18歳。すべては近江を軍事・経済両面の要衝とすべく着々と手をうつ秀吉が、その中心に飾り物として据えたにすぎません。秀次はその後すぐに尾張清須へ移封となり、さらに秀吉の勘気にふれ追放、切腹。そして近江八幡城もわずか10年で廃城となります。しかし街はいわゆる近江商人の活躍の場となり、その後も商業都市として発展してゆきます。 安土から近江八幡へ 近江八幡市街へむかって歩く ふり返ると安土山、繖山 じっさいにはここからしばらく南へ歩いてJR近江八幡駅、その手前で西へ進路をかえまたしばらく歩くのですが、ざざっと省略します。近江八幡市街の古い町並みに到着です。 近江八幡の古い町並み 後方に見えるのが、このあと登る八幡山 八幡堀 ここが近江八幡のイメージとしてパンフレットなどに頻繁につかわれる八幡堀です。昔のままなのか、昔のまま風なのか... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,城郭・史跡,滋賀

【滋賀県・近江八幡市安土町 2022.2.26】織田信長によって築かれた安土城は、それまでの城の概念にはおさまらない、独創的な縄張りと意匠で威容を誇っていたといわれています。そもそも守るための城ではなく、見せること、さらには魅せることに重きをおいていました。真っすぐ上へとのびる大手道からは、登りながらに山上の金色の望楼をもつ天守(天主)閣を見上げます。絢爛豪華に飾られた、その天守にはまさに天主、神たらん信長が住まわっていました。 安土駅 JR安土駅 安土駅は、駅でもあり広告塔でもあり。 安土城址 安土城址・石垣 安土城址・曲輪 自慢の一直線にのびる階段(大手道) 本来城の階段は敵の侵入や攻撃をふせぐ目的で途中に虎口をつくって屈曲させたりするものですが、この安土城は視覚効果を計算して一直線に上りあがってゆく、きわめて特異なつくりになっています。ところがその一番の見せ場の長階段がこれです。土日は工事をしないのなら、道具を片付けてもらえないのかねえ。 安土城はなにが画期的だったのかhttps://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/539262 羽柴秀吉邸跡(下階) 羽柴秀吉邸跡(上階) 上の2枚は羽柴秀吉邸の跡地とつたわる場所です。上下2階に分かれているのは、いまでいうメゾネットタイプではないですか。このあたりにも斬新さがうかがえます。きっと下の階に厩舎や薪置き場、あるいは小者の寝場所などがあり、上の階にあがると秀吉の生活空間があったのでしょう。それにしても上階から前方に見えるのは総見寺のはずですが、みごとにブルーシートで覆われています。てことは見れないということですかね。(結果:やはり立ち入ることはできませんでした) 石階段につかわれた石仏 石階段に、石なら何でもとばかりに石仏が押し込まれています。これは信仰心の有無ではなく、この当時はよその城から石垣をこわして持ちかえる、あるいは近在の社寺から石仏、墓石、石塔なんでもござれとすべて使って、より早く城を完成させることが普請役の腕の見せどころでした。姫路城にはどこから持ってきたのかでかい石棺を門柱のごとく立てて使っていますし、奈良の郡山城には石仏をよりによって逆さまにはめ込んだ「逆さ地蔵」なるものもあります。 黒金門跡 黒金門跡 今までと異なりここで階段が90度右に曲がり、虎口が造られています。ここに黒金門とよばれる立派な門があったそうで、ここからは防御をかんがえた構造になっているわけです。ところで安土城には「蛇石」とよばれる7000人のひとが命がけで運んだ巨石があったはずで、使われるとすればメインゲートにあたるこの黒金門周辺に配置されているはずなのですが、完全に行方不明になっています。 石材として使われていた仏足石 次男・信雄と子息の供養塔 信長本廟 信長の本廟 信長の本廟もここにあります。秀吉が遺品を埋葬してここを本廟としたそうです。ところで次男・信雄(のぶかつ)がどうしようもない愚物で、信長が討たれた直後になにを血迷ったか、この安土城に火を放ってすべてを消失させてしまったとの説がありますが、これは大ウソです。この話は宣教師が書き残したものですが、おそらくはキリスト教に理解を示さない信雄憎しでいい加減に書いたものと思われます。 本丸跡 天守台跡 総見寺 もと総見寺のあった地にのこる三重塔... Read More | Share it now!

千利休,街歩き・山歩き,大阪

【大阪府・堺市 2022.2.23】かつて堺には三好長慶から松永久秀、織田信長から豊臣秀吉と、戦国時代の有力武将が深く関わってきました。なぜ有力武将かというと、堺は巨大な富を生み出し、その富にむらがるもののふもあまりに多かったため、本人が有力でなければ弾き出されてしまったからです。富がうなるほどですから豪商もうまれます。武野紹鷗、津田宗及、今井宗久... Read More | Share it now!

千利休,街歩き・山歩き,城郭・史跡,大阪

【大阪府・堺市 2022.2.23】堺市北部にある仁徳天皇陵を中心とした百舌鳥古墳群は、羽曳野市・藤井寺市にまたがる古市古墳群とともに、2019年7月に世界遺産として登録されました。大阪では初めての世界遺産登録ですが、はたしてこの遺産で観光客をどれだけ呼べるのか、期待よりも不安の方が大きいと思っていたのもつかの間、翌年早々に新型コロナの感染で世界中の人の動きが止まってしまい、いまに至っています。そんな中、仁徳天皇陵古墳はもしかすると仁徳天皇のものではないのではないかと先日メディアで報じていました。そこでさっそく見に行くことにしました。 三国ヶ丘駅より 南海三国ヶ丘駅階段より仁徳天皇陵古墳をみる 南海三国ヶ丘駅につきました。ここはJR三国ケ丘駅と駅舎を共有しています。駅名は同じですが、「ケ」の大きさが違います。ウソのようなホントの話です。 仁徳天皇陵古墳をぐるりと回る 柵に沿って歩いて行く 標識も各所にあります 案内にしたがって進みます 公園のようになっているところもあります 外周の道沿いにも小さな古墳や 中規模の古墳が点在しています 説明版も各所に配置されています。世界遺産に登録されて準備万端だったんですね。 仁徳天皇陵・拝所 拝所前のお濠 仁徳天皇陵古墳は前方後円墳ですから、拝所は前の方形部にあります。ですからここから見る濠は横にまっすぐに伸びています。これが方形部の幅の半分で、残り半分が背中側に伸びているのですから、いかに巨大かということです。 仁徳天皇陵・拝所 仁徳天皇陵が仁徳天皇のものではない、というのはどうやら間違いないようです。出土する土器や馬具などから、仁徳天皇埋葬時より半世紀近くあとにつくられた古墳である可能性が高いそうで、そうなると仁徳天皇の息子のものではないかと推測されるそうです。仁徳天皇についてはご存知でしょうか。夕餉ときになっても民家のかまどから炊飯のけむりが上がらないのをみて民の生活の苦しさを知り、3年間無税にするだけでなく、自身も宮の屋根の修理すらせずに節約につとめたとの逸話がのこる方です。そこから「仁徳」天皇とよばれるようになったもので、そもそもは大鷦鷯(おおさざき)天皇です。 ところで、このメディア報道について宮内庁は、そうした研究発表があることは知っているとした上で、だからといって仁徳天皇のお墓ではないと変更するつもりはありませんとコメントしています。またある研究者の方も、そういう徳のある方だったので、一番大きなものをぜひ仁徳天皇が眠っているお墓にしようと意図して、むかしの人が日本書紀などにそう記録したのではないかと語っていました。なんだかいい話ですね。 仁徳天皇陵は誰の墓?https://news.yahoo.co.jp/articles/3a5c4ee034055428f45d9251a1e44e9d1f1e2193 大仙公園 仁徳天皇陵の南にひろがる大仙公園、そこにも古墳が 堺にゆかりのある千利休の像も 堺市博物館 大仙公園内にある堺市博物館に入ってみました。 入館料:200円 履中天皇陵古墳 履中天皇陵古墳 大仙公園を南へ抜けると、履中天皇陵古墳があります。前方後円墳ですからこれは後方になります。 【アクセス】南海三国ヶ丘駅または... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,神社・仏閣,奈良

【奈良市内 2022.2.12】今年が13回目の開催で、すっかり古都奈良の冬の恒例イベントとなった「しあわせ回廊 なら瑠璃絵」を見にきました。大阪に住んでいると、奈良も京都もほとんど同じぐらいの時間と交通費で往復できるのですが、実際に遊びに来るのは京都5回に対して奈良1回くらいでしょうか。それほどに奈良は地味です。というか宣伝があまりに下手です。 興福寺 興福寺から見た夕焼け 興福寺・南円堂 興福寺は法相宗の総本山で、藤原氏(藤原鎌足とか不比等とか)の氏寺です。いまも大きいですが、かつては広大な領域を占めていたようです。 五重の塔 東金堂 興福寺の歴史に興味があるならhttps://www.kohfukuji.com/about/history/ 奈良国立博物館(旧館) 奈良公園内をあるき、奈良国立博物館のまえを通って東大寺へとむかいます。 東大寺・南大門 東大寺は華厳宗の大本山ですが、そもそもは聖武天皇が日本全国に建てる国分寺・国分尼寺の中心としての位置づけで建立しました。それゆえ天下泰平、万民豊楽を祈願したものです。 なお地震などの天災にも見舞われますが、なんといっても最大の災難は、1567年松永久秀と三好三人衆の戦いの場となり。正倉院などをわずかに残して大半が燃えて失せてしまいます。 南大門金剛力士像・阿形 吽形 南大門金剛力士像については、阿形を運慶がつくり、吽形を快慶がつくったとする説や、阿形を運慶と快慶(ふたりは兄弟弟子)でつくり、吽形を湛慶(じんけい:運慶の息子)と定覚(じょうかく:運慶の弟)でつくったとの説もあります。 仏師・運慶と快慶の関係https://manareki.com/unkeikaikei 鏡池と、後方に緑いろに写っているのが大仏殿(金堂)です。 八角灯篭と大仏殿 大仏殿... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,岐阜

【岐阜市内 2022.2.11】織田信長が出身国の尾張をほぼ全域にわたって平定したのが1559年、そして隣国・美濃を攻略し岐阜へ移城するのが1567年。その翌年には伊勢、および畿内の山城、摂津、河内、大和などをいっきに平定しているので、美濃とその核になる稲葉山城(のちの岐阜城)を落とすのがいかに困難だったか、言いかえると美濃を手中にしたことで天下獲りが間近になったことを物語っているようです。 今回は「関西」から外に出て、岐阜のまちを歩いてみます。 岐阜駅前 JR岐阜駅前にたつ黄金の信長像 これが有名な黄金像ですか。たしかに目立ちはしますが、趣味がよいとは言い難いような... Read More | Share it now!