街歩き・山歩き,山登り,大阪,山さん

【大阪府・八尾市~東大阪市 2026.4.21】登山愛好家にもタイプがあります。高く険しい山に高度な技術と重装備で挑むアルピニスト、岸壁や沢などを登るのを主な目的とするクライマー、この人たちは俗に「山ヤ」(山屋が語源?)と言われているようで別格とします。俗に(あるいは無理やり分類するとしたら)山頂を極めることを目的とした人をピークハンター、整備された自然遊歩道のような道を散歩の延長のようにあるく人をハイカー、山道や尾根道をときには山頂も極めながらあるく人をトレッカーと呼ぶようです。私自身にあてはめるなら、あるときはピークハンター、またあるときはハイカーでもありトレッカーでもあり。ハイカーにとっては雪山歩きは遠慮したいはず。ピークハンターにとっても雪山登山をあえて選ぶ人は少数派でしょう。ハイカーにとってもトレッカーにとっても猛暑の日に好んで山歩きをしようという人はいないでしょう。秋は紅葉が楽しめるのですが、高い山では霧が出やすい。ピークハンターはもちろんトレッカーにとっても厄介です。4月も中旬になると、これから新緑の美しい季節がはじまります。ハイカーにもトレッカーにもピークハンターにとっても、最適最良最高の季節です。前置きがながくなりましたが、これが言いたかった!(山によっては積雪が残っているところや、まだ山開きしていないところもあります) 信貴山口駅~開運橋~高安山 近鉄信貴山口駅から登山口へ前方に見える山並みがこれから歩く生駒山系南から北へと歩くことになります 登山口からしばらく林道をあるく 道の左右を埋める竹林が やがて樹林にかわります 道が新緑におおわれ、 視界が新緑におおわれる 開運橋 この橋がなぜ「開運橋」と名付けられているのかわかりません。むしろボロボロで、そのうち崩落するのではないかと... Read More | Share it now!

山登り,城郭・史跡,三重

【三重県・松阪市 2026.4.13】今日は大阪から電車で奈良県橿原市まで行き、そこでレンタカーを借りて山里を縫うように進む国道369号線を走って三重県津市の多気北畠氏城館へむかいました。ここは「続日本百名城」にも指定されているのですが、あらかじめパソコンで検索して画像を見たかぎりではどうにも見所がなさそう。と思って訪ねたら案の定というか残念ながらというか心惹かれるようなものもなく。場所の不便さを考えるならふたたび訪ねることも難儀なので、城郭の背後にある山城にも登るだけは登って全容を目に入れ、ふたたび訪ねることができなくても後悔することはないと納得してその場を後にしました。 そして次に向かったのが松阪市の阿坂城。あくまで多気北畠氏城館のついでに寄っただけで、しかも着目したのが阿坂城の別名が白米城といういわくありげな名だったことから興味を覚えただけのことなのですが、ここがなかなか面白かった。と言うことで、多気北畠氏城館について書く予定だったブログを変更して阿坂城ーーーとしました。 阿坂城 登山口にあった案内板より抜粋 阿坂城については案内図からも分かるように北郭の椎ノ木城と南郭の白米城によって構成されています。その特異な名だけでなく、もっとも標高の高い位置にあることから白米城が有名になってしまい、あたかも阿坂城の別名であり通称のようになっていますが、城郭の規模から考えると椎ノ木城が主郭だったようです。 これが元来の登城道なのかはわかりません この平坦地は曲輪跡でしょうか? これはあきらかに防御のために造った門口でしょう ここにははっきり堀切と表示がありました 椎ノ木城 唐突に、椎ノ木城の主郭が現われます 現地にあった案内板より抜粋 切岸あきらかに人の手で急斜面を造っている 造られた坂道をのぼるとすぐに虎口がある 細長く曲輪がひろがる 上から帯曲輪を見下ろす 白米城 椎ノ木城を後にして、 山の斜面を登ります一見穏やかな登り道ですが、攻城となると登るにも上からは丸見え。矢を射られれば身を隠すところもなく、これは厳しい。 南郭の下に来ました さて白米城の名の由来ですが、南北朝時代に足利幕府軍が攻め寄せたさいに城をかこみ水の手を断って城側が降伏するのを待ちました。対して籠城する北畠某はふんだんに水はあると見せかけるため、馬の背に白米を流してあたかも余裕で馬を洗っているかのように見せかけた、という逸話からきています。 この話、他で聞いたことがあるという方もいるかと思います。ウィキペディアから得た情報ですが、柳田國男氏の調査によるとこれに類する「白米伝説」は全国に80ほども残されているそうです。それゆえ真偽のほどは不明。 白米城の主郭曲輪 主郭の下にひろがる曲輪 白米城からの眺望はまさに360度の大パノラマ。遠く伊勢湾まで見渡せます。空模様がイマイチのこの日ですら感動しました。晴天の日に登れば、この景色を見るだけで幸せを感じられそうです。 【アクセス】レンタカーにて... Read More | Share it now!

山登り,京都

【滋賀県・大津市 2026.3.24】逢坂の地名は全国にいくつもあります。いまでは「おうさか」と呼ばれていますが、古代には人と人がその坂で出会うことから「あふさか」だったと言われています。百人一首、と書きかけたところでついでに言っておきます。小倉おぐら百人一首は、鎌倉時代に藤原定家が京都嵐山の後背に位置し保津峡を北に見る小倉山の山荘で、そもそもが天皇の勅命で編纂された数々の勅撰和歌集(古今和歌集など)から厳選して、百人の各一首をまとめたものです。(ちなみに小倉餡おぐらあんは、この小倉山で栽培された小豆からつくった餡ゆえに命名されたそうです。) 「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂あふさかの関」これは百人一首10番、作者は蝉丸。「ああこれが、京から出てゆく人も帰ってくる人も、知っている人も知らない人も、出合いまた別れる、逢坂の関なのか」蝉丸は盲目の琵琶法師だったそうですから、私にはなぜ逢坂での人の往来を見たかのように認識できたのかという疑問が出てくるのですが、逢坂の関はすでに歌枕になっており、逢坂の関とくればこんな情景と定義づけられていたと理解すべきなのでしょう。またこの歌は視覚的に人の往来を詠んだだけでなく、人には出会いもあれば別れもある、人と人が出会えば必ず別れもあると、平家物語でいう「祇園精舎の鐘の声... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,山登り,城郭・史跡,大阪

【大阪府・千早赤阪村 2026.2.26】「河内の悪党から智と勇で頭角をあらわし、巨大な幕府軍に寡兵で立ち向かい互角以上の戦いをつづけ、忠君愛国そのままに最後は負け戦に身を投じてゆく」これだけ読めば、歴史ファンでなくても多くの人が楠木正成を思い浮かべることでしょう。楠木正成にこのイメージ(あるいは評価というべきか?)が定着したのは、『太平記』の記述によります。さらに現代でいえば、吉川英治の『私本太平記』によりそのイメージは確固たるものになります。(私は『私本太平記』の方しか読んでいません)。1991年に放映された大河ドラマ『太平記』は、この『私本太平記』をもとにしています。主演(足利尊氏役)は真田広之、正成役は武田鉄矢。この正成役のキャスティングについては逸話があり、当初は高倉健さんを考えていたところ、それではイメージ的にスマートなヒーローになってしまうということで、もっと泥臭いイメージの武田鉄矢さんに決まったとか。良くも悪くも、楠木正成はスマートとはほど遠い奇手、奇策、奇計でもって幕府の大軍を翻弄します。その舞台となったのが出生地である現在の千早赤阪村にのこる赤坂城... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,山登り,大阪

【大阪府・箕面市 2025.10.28】大阪北部にある箕面滝は、紅葉の名所ということもあって年間200万人(2024年推定)もの観光客が訪れています。パソコンやスマホで滝の画像だけ見ると、「この滝だけで200万人?」と首を傾げるかもしれませんが、箕面滝の魅力を語るには、最寄りの箕面駅から滝まで3kmほどを歩く「滝道」とよばれる散策路の存在を抜きにはできません。箕面滝は車で訪れる方法もあります。その場合は滝のすこし高所にある駐車場に車をとめて坂道をあるいて下りてくることになります。他所様よそさまのやることにケチをつけるつもりはありませんが、これでは3㎞の滝道をあるいて訪れる人の半分どころか1割2割しか楽しめていないと、老婆心ながらアドバイスせざる得ません。 それでは滝と滝道の、その周辺は歩いて回るにどうなのか。滝道の途中で道を西に折れて... Read More | Share it now!

街歩き・山歩き,山登り,神社・仏閣,京都

【京都府・亀岡市 2025.10.13】まず亀岡市の所在について、関西在住以外の方にはピンとこないかもしれませんので述べておきます。亀岡市は京都市の西隣にあります。紅葉時期の京都観光でひときわ人気の保津峡下りはこの亀岡市からスタートして京都市の嵐山がゴールとなります。歴史好きの方に対してなら、明智光秀が居城とし織田信長を討つため本能寺にむけて出発した丹波亀山城のあるところといえば、より興味を持っていただけるでしょうか。明智光秀とその軍勢が本能寺へひたひたと進んだのは旧山陰道ですが、その北側の山系の尾根をむすぶように通じる間道があります。距離的には長くはありません。亀岡市の東寄り(馬堀)から京都市の西寄り(桂)まで11kmほど。この道を「唐櫃越えからとごえ」と呼びます。 唐櫃とは、唐からつたわった脚のついた櫃ひつのことです。話は歴史をずっとさかのぼりますが、西暦4世紀ごろ朝鮮半島(三韓)を征伐したとされる神功じんぐう皇后が帰国したさいに、武器や武具とともに黄金の鶏を唐櫃にいれて埋めたとの伝承があります。ではこの地がその唐櫃が埋められた地なのかというと、そうではありません。唐櫃という地名は西日本に何ヶ所かあります。そのなかで兵庫県の六甲山の山中にも唐櫃という地名があり、そこを通る道を唐櫃道とよびます。その六甲山の唐櫃道を越える(より険しい道の意か?)ゆえに「唐櫃越え」と名づけられたのだとか... Read More | Share it now!

山登り,大阪

【大阪府・河内長野市 2025.9.23】今日のぼる山は金剛山系にありながらまったく人気のない山です。その山名は根古峰ねこみね、と聞いても大阪在住の登山愛好家ですらほとんどの方が知らないでしょう。一日に平均3人登るとして年間1000人、そのうち990人の方はつまらん山だったとぼやき一月もすればそんな山に登ったことすら忘れるかもしれません。奈良県の二上山から大和葛木山をへて金剛山系へ、この人気の山々をつないであるくルートが関西の登山愛好家なら5回や10回は(あるいは人によっては百回以上も)あるいた経験のあるダイアモンドトレイル(以下、ダイトレ)です。そのダイトレを金剛山から岩湧山へと歩いていると、【根古峰山頂... Read More | Share it now!