【京都府・木津川市 2026.7.3】京都府の地図をよく見ると、南部については大阪府(西)と滋賀県(東)に挟まれながら南端はその狭間から押し出るように奈良県へと出っ張っています。これを奈良県の地図で見ると、京都府の出っ張りのために北端がいびつに窪んでいます。いまの京都府南端・木津川市あたりは、江戸時代末期には津藩や柳生藩が部分的に領有し、さらに幕府の天領もあれば朝廷の禁裏御料も存在し、くわえて寺領まで散在する利害が絡み合った土地でした。それゆえ廃藩置県においては、なんらかの力関係だか忖度だかがあって京都府に組み入れられたのでしょう。しかし大阪府民である私が第三者の目で見ると、木津川市あたりは奈良県としか思えません。 聖武天皇が一時期平城京を離れることを考え最初に遷った恭仁京くにきょうはいまの木津川市の北部にあたります。奈良仏教の俗化を嫌い、多くの南都の僧が修行の地として選んだのがいまの木津川市の南部にあたります。これらの歴史を鑑かんがみても、また地理的にもJRで京都駅から木津駅まで50分かかるのに対して、奈良駅からだとわずか7分。それゆえ個人的には木津川へ行くのは奈良にゆく感覚なのですが、あまり声高に主張するほどのことでもないので... Read More | Share it now!