【滋賀県・彦根市 2023.4.1】今年は桜の開花が早いだけでなく、開花してから満開になるまでの期間が異例の早さで、この一週間ほどの間に関西の大半の桜スポットが満開を迎えています。満開になってからの見頃はせいぜい1週間なので、どこをどのタイミングで訪ねるか計画するのに焦ってしまいます。今後の天気も含めて考えると、いまのタイミングで、今年の大本命と想定していた彦根城を訪ねるべきと判断しました。 彦根城へ 彦根駅2階より... Read More | Share it now!
リトル比良を登って歩く(岳山~岩阿沙利山~寒風峠)
【滋賀県・高島市~大津市 2023.3.11】比叡山の北から琵琶湖の西岸に沿って北東へのびる比良山系は、途中でY字に分岐します。その右側(東側)にのびる山系は、「リトル比良」と通称されていて、高度500~700mの尾根道をつたって縦走することができます。アップダウンを繰り返しながらの山歩きは、ときに琵琶湖を見下ろし、ときに武奈ヶ岳や釈迦岳の秀峰をながめ、樹林帯あり岩場あり渓流ありと、変化に富んだ楽しみが待っています。今日は近江高島駅からスタートし、南へと歩をすすめ北小松駅へゴールする路程で歩いてみます。 まずは岳山へ 大炊神社、長谷寺の門前を通って登山口へ 林道から左の山道へ... Read More | Share it now!
梅が見ごろの、石山寺を訪ねてみる
【滋賀県・大津市 2023.3.8】琵琶湖の南端から流れ出る瀬田川のほとりに鎮座する石山寺は、季節ごとに様々な花で彩られ、「花の寺」として知られています。いまは梅が見ごろということで、さっそく出かけてみることにしました。 東大門から本堂へ 仁王像のたつ東大門... Read More | Share it now!
日吉大社のある坂本から比叡山に登り、歩く
【滋賀県・大津市坂本 2023.1.6】比叡山の正式な山頂は京都府内に属しますが、山上の延暦寺の伽藍はほぼすべて滋賀県内に配置されています。比叡山への登山道はいくつかあり、なかでも京都・銀閣寺の近くに登山口のある雲母坂(きららざか)を通るルートは人気の道ですが、京都府民以外で一度登った経験のある人なら多くは滋賀県側から登ることを選ぶでしょう。なぜかと言えば、坂本から登るルートを選択すれば、日吉大社の脇を通って、あるいは日吉大社に参拝してから登ることも出来ます。日吉大社は神をまつる神社です。延暦寺は仏をまつる寺院です。そもそも日吉大社は、日枝山(比叡山のこと)に地主神として祀られていた大山昨神(おおやまくいのかみ)をいまの地に移したのが始まりです。のちに僧・最澄が比叡山に寺(のちの延暦寺)を開山したとき、その寺を守ってもらうよう守護神として位置づけます。やがて京に都が遷ると(平安京)、京の都からちょうど北東の位置(丑寅の方角)にあることから鬼門除けとして最大級の崇敬を受けるようになります。ちょうど平城京に興福寺と春日大社があるように、平安京には延暦寺と日吉大社(当時は日吉社:ひえしゃ)ということです。ですから比叡山に登るには、まず日吉大社の鳥居をくぐってその神域に足を踏み入れてからスタートするのが正しい登り方です。(あくまで個人的な自論です) 紫色のマークが今回歩いた場所です。 日吉大社と坂本の街 日吉大社一の鳥居... Read More | Share it now!
琵琶湖をのぞむ三井寺に寄ってみた
【滋賀県・大津市 2022.9.3】今日は、大津市歴史博物館で『仏像をなおす』のタイトルで近江にある寺(比叡山延暦寺、坂本西教寺、三井寺など)の仏像をいかに修復してきたかを見せてくれる特別展があり、それを見にきました。その大津市歴史博物館のすぐ近くに三井寺(みいでら)があるので、せっかくですから寄ってみます。 紫色のマークが今回訪れた場所です。 三井寺・仁王門 三井寺・仁王門 仁王門・境内より外に向かって 三井寺は正式名称は園城寺(おんじょうじ)で、天台寺門宗の総本山です。ところで三井寺(以後一般名で)は、7世紀に建立されますが、10世紀ごろから比叡山延暦寺との対立から幾度も焼き討ちに合います。対立の理由は、同じ天台宗でありながら仏の教えに対する考え方の違いから分裂し、一部の門徒が山(比叡山)を下りて、この地にあらたな寺を開創したことで、結局は既得権益をどちらが有するかの争いになったわけです。仏の教えとか悟りとかからはずいぶんかけ離れた、次元の低い争いです。それにしても、三井寺は数えられるものだけでも計23回炎上しており、そのうち14回は比叡山延暦寺による焼き討ちだそうです。(そのほかは合戦による飛び火や落雷による火災です)しかしそのたびに再興され、不死鳥の寺との別称があるとか。それにしても当時の比叡山延暦寺の横暴には呆れます。のちに織田信長により比叡山焼き討ちが実行されますが、これを信長の残虐とする見方もあるものの、是とする見方もあって当然でしょう。 三井寺の歴史年表http://www.shiga-miidera.or.jp/about/ct.htm 釈迦堂、本堂 入ってすぐにある釈迦堂 奥へ進むと金堂がある 釈迦堂(食堂)と金堂(中心となる本堂)を並べてみました。ともに入母屋造りで、見た印象では釈迦堂のほうが凝っているようですが、実物を見るとやはり金堂の存在感は破格です。ちなみに金堂は国宝、釈迦堂は重文に指定されています。 金堂 金堂・向背を見上げる 寺院の向背はのちに付けられるようになったhttp://www.caname-jisha.jp/cms/?p=910 三井晩鐘 三井寺の鐘 歌川広重が描いた「近江八景」の中にふくまれる「三井晩鐘」とは、この三井寺の鐘が鳴る夕暮れ時の琵琶湖とこの一帯の風景を描いたものですが、画面のどこにも鐘は見当たりません。小さく三井寺らしき建物はありますが。ちなみにこの鐘ですが、タダ(無料)で突くことはできません。一突き800円也! 三井寺そのものの拝観料(600円)よりも高い。 弁慶鐘 こちらは、先ほどの鐘よりも歴史は古いのでしょうか。比叡山延暦寺が三井寺を焼き討ちした際、僧坊・弁慶が引きずって持ち帰ってしまったと伝わる鐘。ところが比叡山の山上まで運び上げて、一突き二突きしたところ、鐘が「いのういのう」(帰りたい帰りたい」と鳴り響くので、弁慶が怒って谷間に投げ捨てたとか。それらしき傷も残っているので、よくできた話ではあります。それにしても弁慶は札付きの乱暴者ですね。 閼伽井屋 閼伽井屋 閼伽井屋(あかいや)は天智、天武、持統の三天皇が産湯として使ったと言い伝えのある泉がわく場所です。たしかに水が湧き出ている音が絶え間なく聞こえていました。ところでここを有難い水場として「御井(みい)」とよび、そこから三井寺と呼ばれるようになったとの説もあります。 一切経堂 一切経堂へ 一切経堂... Read More | Share it now!
近江の名峰・伊吹山に登る
【滋賀県・米原市 2022.8.28】琵琶湖の北東側に位置する名峰・伊吹山に久しぶりに(5年ぶりぐらい)登りにきました。大阪からだとJRで米原駅まで来て、そこで東海道線に乗り換え2つ目の近江長岡駅で下車、そこからバスで登山口までというのがもっともポピュラーなアクセス方法です。ところで伊吹山は山の姿を下から見上げても美しいし、山上から下を見晴らす眺望も素晴らしい、また登山道はけっこう本格的な山登りですが危険なところはほとんどなく、登山の対象として大変よい山と言えます。 紫色のマークが今回訪れた場所です。 近江長岡駅 近江長岡駅ホームから伊吹山をのぞむ 登山道 三之宮神社 登山口前バス停から見上げると三之宮神社があります。ここは山の神を祀っています。もちろん登山客のためではなく、山が怒って災害を招かないようにとの為ですが、今では登山客が登山の無事を祈ってまずここで手を合わせるのが恒例になっています。 鳥居のむこうに伊吹山の山容がちょこんと見えています。 ここが登山口 最初はこんな感じの道を歩きます 2合目あたり... Read More | Share it now!
日本で最初の石垣の城・観音寺城を見にゆく
【滋賀県・近江八幡市安土 2022.5.28】思えば、安土にくるのはほんの3か月ぶりです。もっとも前回は信長がらみでしたが、今回はその信長と敵対した六角義賢(ろっかくよしかた)の居城であった観音寺城を見にゆきます。観音寺城(址)は、安土城(址)の北東にある標高432mの繖山(きぬがさやま)の山頂から南山麓部分にかけてひろがる大城郭です。しかも単に大きいというだけでなく、城郭全体に石垣が組まれており、日本最初の総石垣の城と言われています。 安土駅から繖山へ JR安土駅から歩きはじめます 後方が観音寺城址のある繖山 今回は安土城はスルーして、六角氏の居城・観音寺城(址)にむかいます。 桑実寺 桑実寺参道から登ってみます。 山門をぬけても階段がつづきます。 本堂 桑実寺は通り抜けるだけでも、拝観料300円が要ります。すなわち観音寺城址... Read More | Share it now!
琵琶湖に浮かぶ竹生島 1時間ツアーのご案内
【滋賀県・琵琶湖北部 2022.4.9】今日は午前中に琵琶湖にうかぶ竹生島をたずね、そのあと長浜へわたって長浜城の満開の桜を見にゆくつもりです。竹生島へは観光船で行くことになりますが、以下の4通りの船便があります。(1)近江今津... Read More | Share it now!
信長の夢の跡・安土城址と安土の郷を歩いてみる
【滋賀県・近江八幡市安土町 2022.2.26】織田信長によって築かれた安土城は、それまでの城の概念にはおさまらない、独創的な縄張りと意匠で威容を誇っていたといわれています。そもそも守るための城ではなく、見せること、さらには魅せることに重きをおいていました。真っすぐ上へとのびる大手道からは、登りながらに山上の金色の望楼をもつ天守(天主)閣を見上げます。絢爛豪華に飾られた、その天守にはまさに天主、神たらん信長が住まわっていました。 安土駅 JR安土駅 安土駅は、駅でもあり広告塔でもあり。 安土城址 安土城址・石垣 安土城址・曲輪 自慢の一直線にのびる階段(大手道) 本来城の階段は敵の侵入や攻撃をふせぐ目的で途中に虎口をつくって屈曲させたりするものですが、この安土城は視覚効果を計算して一直線に上りあがってゆく、きわめて特異なつくりになっています。ところがその一番の見せ場の長階段がこれです。土日は工事をしないのなら、道具を片付けてもらえないのかねえ。 安土城はなにが画期的だったのかhttps://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/539262 羽柴秀吉邸跡(下階) 羽柴秀吉邸跡(上階) 上の2枚は羽柴秀吉邸の跡地とつたわる場所です。上下2階に分かれているのは、いまでいうメゾネットタイプではないですか。このあたりにも斬新さがうかがえます。きっと下の階に厩舎や薪置き場、あるいは小者の寝場所などがあり、上の階にあがると秀吉の生活空間があったのでしょう。それにしても上階から前方に見えるのは総見寺のはずですが、みごとにブルーシートで覆われています。てことは見れないということですかね。(結果:やはり立ち入ることはできませんでした) 石階段につかわれた石仏 石階段に、石なら何でもとばかりに石仏が押し込まれています。これは信仰心の有無ではなく、この当時はよその城から石垣をこわして持ちかえる、あるいは近在の社寺から石仏、墓石、石塔なんでもござれとすべて使って、より早く城を完成させることが普請役の腕の見せどころでした。姫路城にはどこから持ってきたのかでかい石棺を門柱のごとく立てて使っていますし、奈良の郡山城には石仏をよりによって逆さまにはめ込んだ「逆さ地蔵」なるものもあります。 黒金門跡 黒金門跡 今までと異なりここで階段が90度右に曲がり、虎口が造られています。ここに黒金門とよばれる立派な門があったそうで、ここからは防御をかんがえた構造になっているわけです。ところで安土城には「蛇石」とよばれる7000人のひとが命がけで運んだ巨石があったはずで、使われるとすればメインゲートにあたるこの黒金門周辺に配置されているはずなのですが、完全に行方不明になっています。 石材として使われていた仏足石 次男・信雄と子息の供養塔 信長本廟 信長の本廟 信長の本廟もここにあります。秀吉が遺品を埋葬してここを本廟としたそうです。ところで次男・信雄(のぶかつ)がどうしようもない愚物で、信長が討たれた直後になにを血迷ったか、この安土城に火を放ってすべてを消失させてしまったとの説がありますが、これは大ウソです。この話は宣教師が書き残したものですが、おそらくはキリスト教に理解を示さない信雄憎しでいい加減に書いたものと思われます。 本丸跡 天守台跡 総見寺 もと総見寺のあった地にのこる三重塔... Read More | Share it now!