別名の白米城なら各地にある、今日は松阪市の阿坂城へ

【三重県・松阪市 2026.4.13】
今日は大阪から電車で奈良県橿原市まで行き、そこでレンタカーを借りて山里を縫うように進む国道369号線を走って三重県津市の多気北畠氏城館へむかいました。
ここは「続日本百名城」にも指定されているのですが、あらかじめパソコンで検索して画像を見たかぎりではどうにも見所がなさそう。と思って訪ねたら案の定というか残念ながらというか心惹かれるようなものもなく。
場所の不便さを考えるならふたたび訪ねることも難儀なので、城郭の背後にある山城にも登るだけは登って全容を目に入れ、ふたたび訪ねることができなくても後悔することはないと納得してその場を後にしました。

そして次に向かったのが松阪市の阿坂城。
あくまで多気北畠氏城館のついでに寄っただけで、しかも着目したのが阿坂城の別名が白米城といういわくありげな名だったことから興味を覚えただけのことなのですが、ここがなかなか面白かった。
と言うことで、多気北畠氏城館について書く予定だったブログを変更して阿坂城ーーーとしました。

阿坂城

登山口にあった案内板より抜粋

阿坂城については案内図からも分かるように北郭の椎ノ木城と南郭の白米城によって構成されています。
その特異な名だけでなく、もっとも標高の高い位置にあることから白米城が有名になってしまい、あたかも阿坂城の別名であり通称のようになっていますが、城郭の規模から考えると椎ノ木城が主郭だったようです。

これが元来の登城道なのかはわかりません
この平坦地は曲輪跡でしょうか?
これはあきらかに防御のために造った門口でしょう
ここにははっきり堀切と表示がありました

椎ノ木城

唐突に、椎ノ木城の主郭が現われます
現地にあった案内板より抜粋
切岸
あきらかに人の手で急斜面を造っている
造られた坂道をのぼるとすぐに虎口がある
細長く曲輪がひろがる
上から帯曲輪を見下ろす

白米城

椎ノ木城を後にして、
山の斜面を登ります
一見穏やかな登り道ですが、攻城となると登るにも上からは丸見え。矢を射られれば身を隠すところもなく、これは厳しい。
南郭の下に来ました

さて白米城の名の由来ですが、南北朝時代に足利幕府軍が攻め寄せたさいに城をかこみ水の手を断って城側が降伏するのを待ちました。
対して籠城する北畠某はふんだんに水はあると見せかけるため、馬の背に白米を流してあたかも余裕で馬を洗っているかのように見せかけた、という逸話からきています。

この話、他で聞いたことがあるという方もいるかと思います。
ウィキペディアから得た情報ですが、柳田國男氏の調査によるとこれに類する「白米伝説」は全国に80ほども残されているそうです。
それゆえ真偽のほどは不明。

白米城の主郭曲輪
主郭の下にひろがる曲輪

白米城からの眺望はまさに360度の大パノラマ。遠く伊勢湾まで見渡せます。
空模様がイマイチのこの日ですら感動しました。晴天の日に登れば、この景色を見るだけで幸せを感じられそうです。

【アクセス】レンタカーにて / 登山口から椎ノ木城まで登り30分、白米城まで10分
【満足度】★★★★☆