六甲山の裏ではなく北につらなる丹生山系を歩く
【兵庫県・神戸市 2026.8.18】
今年は盆前あたりから関西にしては珍しく暑さがそれほどには厳しくなくて、大阪でも最高気温が35度を超える猛暑日はこのところありません。
大阪よりも常に気温がひくい神戸はというと、せいぜい31~32度止まり。
そんなわけで先週も神戸市垂水区の五色塚古墳を見て歩いたのですが、今回は神戸市北区、六甲山の北につらなる丹生山系に気持ちが惹かれました。
ところで丹生山系をネットで調べると、「六甲山の北につらなる」と書くものもあれば、「六甲山の裏につらなる」と書いているものもあります。
「六甲山の裏」は「裏日本」という表現が差別的とみなされ使われなくなっているのと同じで、好ましい表現ではありません。そもそも六甲山のどちらが表でどちらが裏なのか、誰も知らないし誰かが決めたという事実もありません。
それはそれとして、「六甲山の北」と書いているものも「六甲山の裏」と書いているものもどれもが同じように(登山者の多い六甲山と比較してでしょうが)「静かな山歩きが楽しめる」と書いています。
この表現に惹かれて出かけることにしました。
さてどのような「静かな山歩き」が待っているのでしょうか。
丹生山の山頂は丹生神社

後方にこれから歩く山並みが見える

登る人も通る人もいないのか草ボウボウ

ここにかぎらず道中通して、蚊なのかブヨなのかハエなのか、わずらわしい羽根音をたてながら耳元を飛びまわる小虫がまとわりついてきました。
さらに厄介なのは、左右の木枝にわたって蜘蛛の巣が張られており、拾った木枝を手前で振りながら歩くものの蜘蛛の巣自体があまりにも多く、目の前を払ったと思えば手に張り付き、その手を気にして眼前への注意がおろそかになると顔と頭ににべったり – – – これには難儀しました。





丹生山の山頂には神社の社が鎮座していました。
正式名称は坂本丹生神社。
「丹生 たんじょう」は元は「にう」または「にぶ」と読み、「丹 」は赤色の顔料である辰砂あるいは水銀のことで、これらを産出した土地にその名が残り、かつ丹生の名がつく神社が建てられたと歴史書には書かれています。

六甲山系の西側部分が見渡せる
帝釈山から稚児ヶ墓山へ



左に六甲山の山並み、右に瀬戸内海が見える

このあたりもまとわりつく虫と蜘蛛の巣に悩まされました。

500ⅿほど国道沿いを歩いてふたたび山道へ

右に渓流が流れ、涼しく快適でした。

道というよりここは涸れ沢のようです。

稚児ヶ墓山の山名の由来を書いておきます。
戦国時代に秀吉が三木城を攻めたさい、丹生の明要寺(当時は巨刹、いまは廃寺)が三木城(の別所氏)に味方したため、秀吉軍によって寺のすべてが焼き討ちされます。
寺には多くの稚児がいたようなのですが、逃げることもかなわず戦火の下に落命します。
そのことを哀れみ近在の人々が稚児らの遺骸をこの山に葬ったことからその山名がつけられたとか。
下山する

瀬戸内海と中央に淡路島、写真ではわかりませんが瀬戸大橋も見えました。



このとき日中の暑さがピークの午後3時、木陰はなく路面はアスファルトの照り返し、今日の山歩きで一番の難所(?)でした。
ところで山を歩きながら耳元に虫がまとわりつくことへの対策としては、タオルで両耳をすっぽり隠すように頬かむり、あるいは喧嘩かぶりする。さらにタオルの上から虫よけスプレーをすると万全です。
それでは蜘蛛の巣への対応はというと、何もありません、処置なしです。
強いて言えば、私が歩くさいにさんざん木枝を振り回し、あるいは身をもって蜘蛛の巣を全身にまとわりつかせ、おかげで私が歩いたルートに関してはその後3日ぐらいはさずがに蜘蛛もびっしり巣を張る余裕もないのではないでしょうか。すなわち私が歩いた日から3日以内に歩けば悩まされる心配はないということです。
ということは、私の前にはおそらく3日あるいはそれ以上の期間だれも歩いていないということです。
たしかに「静かな山歩き」は約束されているようです。
【今回の登山情報を残しておきます】
ちなみに私は登山経験は豊富ですがもっぱら低山歩き専門、体力は中高年の並みです。
今回あるいたルート:神戸電鉄・箕谷駅➡神戸市バス➡丹生神社前バス停~丹生山(515m)~西帝釈山(537m)~帝釈山(586m)~稚児ヶ墓山(596m)~箕谷駅 / 21000歩、5h10m
【眺望を楽しむ】★★★☆☆
【山道を楽しむ】★★☆☆☆
【道案内の整備】★★★★☆
【難易度・体力】★★
【難易度・技術】★






